生きていくってこと: 2011年12月 Archives

開運な日本酒

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会社の仕事納めな夜、そんな夜も遅くまで仕事になっちゃった。

開運 能登流「波瀬正吉」 土井酒造場
仕事を終えた後、片腕たる幹部社員と1年のお疲れさんをした。その時に飲んだ日本酒が凄いんです!

何と、名前が『開運』! これ、凄くない?

正式な名称は、”開運 能登流「波瀬正吉」”と言う。静岡県掛川市の土井酒造場が創るお酒。

波瀬正吉というのは杜氏の名前らしい。

波瀬正吉さんは能登杜氏の四天王の一人といわれる方だそうで、惜しまれながら2009年に逝去されていて、その後、その意志を継いで酒蔵ではこの『開運』を造り続けているらしい。

波瀬正吉の名の上に「伝」とあるのは、その伝承のことか?

米の味わい、その穀物としての甘み・旨味など、とっても素敵な日本酒。まさに運を呼び込みそうな酒。

開運な日本酒で新年が自分にとっても日本にとっても良い年になることを祈願する夜です。
アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
生まれて初めてアメフトを観戦した。

それも社会人リーグ、ジャパンXボールの決勝戦、富士通フロンティアーズオービックシーガルズ

IT企業どうしの戦いというのが凄いね!

場所は東京ドームのVIPルーム。横には著名なアメフトの監督が居て、随時解説してくれる。こんなVIP対応にビックリ!

それにしても初めて観るアメフト、こりゃ凄い! もはや格闘技。

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
僕はラグビーは好きで、テレビでも観たりする。1988年の創業時、神戸製鋼がIT事業をやっていて、並列処理コンピュータ『トランスピュータ』というのもやっていて、当社とパートナーシップを組んでいた。

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
ちょうど社会人ラグビーで神戸製鋼平尾さん、大八木さんを要し連覇を続けていた頃。ウイングの兼平さんが確か当社担当だったな〜

なのでラグビーはよく観に行った。2004年のマイクロソフトカップが始まった最初の年、NEC対東芝の決勝戦を観に行った日を忘れない。

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
NEC:24ー東芝:19、つまりはワントライで同点になる状態でロスタイムへ。最後の最後、ライン際を東芝が疾走する。でも驚くほどの強風の中、スローフォワードでゲーム終了。


そんな感じでラグビーはよく観たけど、アメフトは初めて。

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
ラグビーの変形と思ってたら、こりゃまったく違うスポーツ。

ともかくタックルの当りが凄い! 激しいという言葉では表せないレベル。

担架が何度も登場するほどの激しさです。選手が宙に舞う。

試合も凄かった〜〜

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
下馬評では2連覇を狙うオービック優位って感じだったけど、セカンド・クオーターまでリードを許す展開。

第4クオーターでオービックが自力を出して一気に抜き去ったんだけど、最後の3分、ここで富士通も諦めずによく粘った。

24−17、つまりはワン・タッチダウン+キックで同点になる僅差で迎えた最後の最後、富士通はゴール手前、数ヤードのところで攻める、攻める、攻める。

4回もゴールを割る寸前に迫り、そこで終了。

いい試合でした。延長戦を観てみたかったな〜

アメフト ジャパンXボール 決勝戦 富士通フロンティアーズ オービックシーガルズ
ちなみに、テレビでは観た事あったけど、チアガールの応援、華やかで凄かったです! Xリーグのイメージキャラクターの谷村奈南さんも登場し、会場は多いに盛り上がった。

試合終了後、初対面のアメフト関係者と居酒屋で宴会。多いに盛り上がった。

ドメーヌ・ジョルジュ・ミュニュレ ニュイ・サン・ジョルジュプルミエ・クリュ レ・シェニョ
その後、この試合に誘ってくれた某IT企業のトップと軽く麻布十番のワインバー『la feve』に出掛けた。

出て来たワインが凄い! 2010年とまだ普通には若過ぎて飲むには早いと思われるブルゴーニュのニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ レ・シェニョなんだけど、これ、本当に美味い!

しなやかで品があり、果実味もたっぷりとしている。全体にボリューム感はなく、細身の清楚な女性なイメージ。

造り手は、ドメーヌ・ジョルジュ・ミュニュレというところ。

調べてみると、ヴォーヌ・ロマネで有名なジョルジュ・ミュニュレという醸造家が残したドメーヌだそうだ。

ドメーヌ・ジョルジュ・ミュニュレ ジャクリーン マリー・クリスティーヌ マリー・アンドレ
1988年、長い闘病生活の果てに59歳の若さでジョルジュ氏は急逝。今は奥様のジャクリーンと二人の娘、マリー・クリスティーヌとマリー・アンドレが運営している。

今夜は生まれて初めてのアメフト観戦、それも最後の最後までもつれた激戦に感動し、そしてドメーヌ・ジョルジュ・ミュニュレニュイ・サン・ジョルジュに癒される素敵な夜です。