生きていくってこと: 2009年7月 Archives

先日の大邸宅の主がその宴会直後、入院をされた。前々から予定されてた入院、かつそれほど重い状況ではないとは聞かされてはいたけど、それでも僕ら回りの者は心配。

その方が退院され、もうお酒も食事もすべて無制限に解禁となったと連絡があった。快気祝いとして、オバマ大統領の就任披露パーティーで振る舞われたダックホーンのソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールを週末にお贈りした。オバマ・パワーで早く全快していただきたいと思っての選定。

ピエール・ジモネしかし御大は1枚も2枚も上手だった。70歳近いご年齢とは言え、さすが現役で大きな会社の経営を陣頭指揮しているだけのことはある。早々にご連絡があり、飲みに行こうとのこと。いや~、ビックリ! もうしばらくは大人しくされていた方がと僕が言うのも聞かず、早々に水曜の夜、二人で飲んだ。場所はお気に入りの洋風おでんとワインの店『びのむ』。

まずはシャルドネだけで造るシャンパン『ピエール・ジモネ』で乾杯! すっきりとしてるけど旨味も深い素敵なシャンパン。そしてオーストリアのリースリングを1杯、それからフォアグラに合せてポートを1口いただき、いよいよメインのワイン。

今夜は大先輩経営者の快気を僕が祝うつもりだったんだけど、御大が「今夜はワイン分は俺が払うからさ、最高のワインを飲もうよ!」となり、選んだのは、なんと、、、
シャトー・マルゴーの1987年! 1987年はヴィンテージ的に悪い年だそうで、割安だからと言って開けてた。

シャトー・マルゴー1987年は悪い年といいながら、でも素晴らしく美味しい~~ 22年を経たシャトー・マルゴーは深く静かに飲む人を魅了する。森の奥深くで森林浴をしてるかのようなワイン。

1987年って、大学の先輩たちと立ち上げた会社を辞め、今の会社の設立準備をしていた年。暑い真夏に前職を辞し、そしてそれによってご迷惑をかけた先などに挨拶に回っていた暑い夏。ちょうど22年前の今ごろです。1987年のシャトー・マルゴーを飲みながら、ふとそんな事を想い出した。

今夜は名経営者と銘酒と素敵な料理に囲まれ、すっかり酔いが回った夜です。そして長老たる経営者の馬力に驚かされ、そして勇気づけられた夜です。

PS.
帰り道、なぜか間違って(!?)、いつものナイショのバーに立ち寄っちゃった... もう十分にびのむで飲んでたのに... 反省(^J^)

珍しく書籍の話です。

誰しも学校で習う本能寺の変明智光秀が謀反を興して主君である織田信長を倒した事件です。でもそれが単なる謀反ではないのかも!

僕はソフトウェア関連の会社を経営している関係上、週末にはソフトウェアの技術書や経営関連の本を読むことが多い。その合間に気晴らしにいろいろな本を読み漁る。この連休の気晴らしの書籍は歴史書。それも『本能寺の変』。

本能寺の変 明智憲三郎 明智光秀 織田信長歴史の世界は不思議です。信長にしても本能寺で倒れた後、子孫な根絶やしにされたはずなのに、それでも現代にスケートの織田信成選手という子孫がいます。明智光秀も同様、子孫な豊臣秀吉によって根絶やしにされたはずなのですが、どっこい子孫は生きてました!

明智憲三郎さん、現在52歳。光秀の子孫です。本能寺の変で謀反人扱いされてから、生き残った氏族は明智姓を明田姓に変えて生き延びていたそうです。明治に入ってから、家系図を基に明智姓への複姓を申請し認められたとのこと。

その明智憲三郎さんが謀反人という先祖の汚名を晴らすべく、永年に渡って調査した結果が今年3月、出版されました。『本能寺の変 四二七年目の真実』という書籍です(プレジデント社)。

この書籍によれば、織田信長徳川家康本能寺で暗殺する予定で、それを家来である明智光秀に指示していた。しかし、光秀は自分の私利私欲ではない”やむを得ないある理由”(詳細は書籍にて!)があって家康と手を結び、逆に信長を欺いて討つことにした。そして信長を討って家康の援軍を待っている間に、中国道から脱兎のごとく戻ってきた秀吉に討たれてしまった。家康は間に合わなかった。

信長暗殺は光秀にあらず 馬野秀行こんな仰天ストーリーを古文書の証拠を一つ一つ紹介しながら解いて行きます。息もつかせぬ書籍で、あっという間に300ページ近い長文を読み切ってしまいました。

もしかしたら来年くらいから歴史の教科書が書き換わるかもしれません。凄いことです...

という矢先から『信長暗殺は光秀にあらず』なんて書籍が6月末に出版されました。謎は深いです...

技術書で疲れた頭に心地よい刺激を受けました! さ、寝るか~

今夜は珍しく自宅でボルドーワイン。それもわりとカルト(!?)的なワイン。開けたのは、サンテミリオンで400年近い歴史を誇る『シャトー・バレスタール・ラ・トネル』の1997年。昔に一度飲んでそれほど状態・印象が良くなく、そのままストックしてあった最後の1本。

シャトー・バレスタール・ラ・トネルこのシャトー・バレスタール・ラ・トネルは、15世紀のフランスの有名な詩人フランソワ・ヴィヨンの詩の一編の中で「バレスタールという名の“神の酒”を飲む」と謳われてたワインで、写真の通り、エチケットlにはその詩が引用されてる。

シャトー・バレスタール・ラ・トネルはかなり長熟らしく、今も楽天ショップを検索したら、何と1924年物が売っててビックリ!! でも今夜飲んでみた感じとしては、そこまでの長熟感はわからなかったな~

シャトー・バレスタール・ラ・トネル1997年と言えば今からもう12年。いい年月が過ぎてきた。抜栓し、デキャンタージュしてゆっくり飲んだけど、かなり枯れた感じになってきてる。複雑味はあって果実味もまだまだあるけど、ハーブ香がかなり遠くの森から漏れ伝わっているかのような漂い方。って、こんな日本語じゃ何かうまく伝わらないかな~ 一枚、ベールがかかったような感じ。でもそれがとっても上品な味わいを醸し出してる。

草木の下生え、トリュフのような香り、そしてどこか甘く誘うような香りもあり素敵なワイン。ただ、このワインが数十年も熟成するワインなのかはよく解らないな~ 今日の状態でも、ピークをちょっとだけ過ぎてるのかもしれないと思わせた感じ。もしかしたらここからさらに違う形で深くなるのかな~

ワインは1本1本姿形や状態が違うし、造られた年の状態にも大きく左右される。この1997年は最後の1本だったので、この先どういう風に熟成するのかを見ることは出来ないけど、その姿を想像しながら飲むのもワインの愉しみ。

毎度このブログでのワンパターンな話ですが、ヴィンテージ物のワインを飲むと、その年の事をいろいろと想い出す。皆さんの1997年はどんな年でしたか? 僕の1997年は、スカパーが開局して2年目で、1996年の開局から引き続いていろいろと面白いIT・ソフトウェア関連の仕事があり、超忙しかった想い出が真っ先に浮かびます。90年代初頭に一旦つぶしかけた会社が復活するきっかけをつかみ、そして何とか復活出来るのではという予感が芽生え始めた時期。

そんな時代のシャトー・バレスタール・ラ・トネルを飲んで一人まっとりする日曜日の夜です。

土曜日、久々にレストランの新規開拓で超大失敗! 僕は行き付けの店に5年、10年と通い詰めるタチなので、あまり新しい店には行かない。それでも年に数軒は開拓してるかな。美味しいものとワインには鼻は利く方なので、勝率は高い。今年はここまでポルトガル料理の『マヌエル』、洋風おでんとワインの店『びのむ』と、新規開拓は極上の2連勝!

鮎の炭火焼都心で仕事の打合わせをしていたので、前からチェックしていた虎ノ門のこの店に行ってみた。個室が数室だけの小さな炭火焼料理の店。テーブルの真ん中が掘り込まれていて、火鉢の灰が入ってる。そこに炭を置き、串に刺さった鮎などを焼く。雰囲気は最高!

ところが、店は最低! まず、予約の電話をした時に電話口の対応が超悪かったんだけど、そこがケチの付き始め。電話口の対応が悪くって行ってみたら対応がいい店なんて中々無いからね~

小さな小さな店なので、行ってみるとスタッフは料理人とこの女性の二人だけ。う~ん、前菜含め料理人の腕は悪くないんだけど、この女性の対応が最低!

鮎の炭火焼まず、雑誌の掲載ではシャトー・マルゴーを飲んでいてワイン充実って記事だったんだけど、ワインリストもないし、あるワインを並べてもらったけど、品揃えは悪い。

そして、たびたび炭を継ぎ足すんだけど、超ガサツで、炭を足すたびに灰が舞い上がる。鮎は明らかに半焼けのところで炭から出された。かじっては見るものの、明らかにまだ中が生焼け。自分でもう一度炭の脇に立てる。

コート・デュ・リュベロン ドメーヌ・ドゥ・ラ・シタデル レ・ザルテムそして目の前で炭を興してるのでさ、個室内はかなり暑い。我々人間には天井からエアコンの冷気が落ちてきてそこそこは過ごせるんだけど、ワインには厳しい。ボトルを卓上に置いておくと、少し炭から離してもすぐにヌルくなってしまう。途中で仕方なくテーブルの下に置いた。それでもダメなので、白ワインを冷やすようなワインクーラーかそれがなければバケツに水でもいいので持ってくるよう伝えるも、返事はハイだったんだけど、結局帰るまで持って来なかった。

こんな最低の対応の店は久しぶりだな~ 特集してた雑誌に抗議のメールするぞ~~ で、ちなみに、数少ないチョイスの中から開けたワインは、南仏・ローヌ地方の南部、コート・デュ・リュベロンドメーヌ・ドゥ・ラ・シタデルの『レ・ザルテム』。シラーとグルナッシュの組合わせと思う。このワインに罪は無く、写真の通り、シャトーもお洒落でコート・デュ・リュベロンの中ではトップドメーヌのよう。

ドメーヌ・ドゥ・ラ・シタデルそんな素敵なワインでもこの劣悪な環境では飲み残すわなあ~ 最後に炊き立てご飯を出すという歌い文句なんだけど、もうお肉を炭火焼している時には出してきて、さっさと終えようとするさまがありあり。ふう~

いや~、ほんと最低な店でした。でも中傷になってもいけないので店名は書きません。虎ノ門の交差点近くの裏露地にある店です。一応「割烹」と付いてたけど割烹が聞いて泣くね。お料理は良かったんだけどね、料理人に伝えてあげたい。この女性を気の利いた人に取り替えるとお店は見違えるように良くなるはず。

どんな業種であろうと、結局は人が仕事する。どれだけ気の利いた活力のある人材を集められるか、これは業種を問わず経営者の最大の課題。久々の超大外れディナーの中でもそんな事を考えるのは、経営者生活が長い哀しい性なのかなあ...

あまりに世の中の景気が悪い。特に僕らソフトウェア業界はドシャブリ。”IT、IT”と持て囃された時代もあったけど、僕らは結局は金融や電機、自動車産業など、基幹産業を支える脇役。主役の人たちが風邪を引いたりインフルエンザに掛かってしまうと、我々はもろにその波をかぶる。僕の会社は金融機関や製造業にはあまり依存はしてないんだけど、それでも影響は大きい。大変な時代になったな~

イリス・ド・ガイヨンそんな大変な時期の乗り越えるためには、僕を支えてくれる参謀たちとしっかり議論をし、そして社員全員を巻き込んで総力戦で戦うことが重要。火曜の夜はそんな参謀の一人と久しぶりに二人きりで話し、そして飲んだ夜。作戦会議場は先週に引き続いて My Home Town ってな感じのアバスク! ここは肩を張らずに話せて飲めるので最高!

開けたワインはちょっと凄いです! 連れの参謀君がカベルネ系の渋味のあるしっかりしたワインが飲みたいというので、ソムリエの大山さんに選んでもらったのはポイヤックの『イリス・ド・ガイヨン』というワイン。初めて聞くワインだけど、後でネットでみたらこりゃ超凄い!

シャトー・ムートンのすぐ隣、ほんと1m脇で造られるワイン。年間わずか4,800本しか造ってない! しっかりしたボルドーらしいワインだけど、強さより優しさ、エレガントさの方が表に出てるワイン。ある意味、ポイヤックっぽくないかな。旨味成分がぎゅっと凝縮されていて、そしてスムーズ。素敵なワインです。詳細はこちらに詳しかったです。周囲を囲むシャトー・ラフィットなどの”ブランド物のワイナリー”との位置関係も航空写真で出てる。

フィーヌ・ド・ランブレイ ドメーヌ・デ・ランブレイそして、美味しいワインと食事を肴にちょっと小難しい話をした脳を最後にリラックスさせようと、軽く食後酒です。なんと、アバスクの店主、大山さんの奥様が独立してご自分でワインのインポーターを始めたそうです! その奥様直輸入のブルゴーニュのドメーヌ・デ・ランブレイが造るフィーヌ(ワインの醸造の残りから造ったブランデー)『フィーヌ・ド・ランブレイ』。

ボトル上部に「Coupe Gaston Gerard 2004」ってシールが付いてるところからすると、何かのアワードを受賞したんだと思う。「Gaston Gerard」とは、たぶんブルゴーニュの首都であるディジョン市の元・市長、ガストン・ジェラール氏に関係する何かの賞じゃないかと思うんだけど、詳細不明。芳醇な香りが立ち上り、幸福至極なフィーヌ。

上質なフィーヌは香水なんかよりよっぽど素敵な香りがする。自宅にロマネ・コンティのフィーヌがあるんだけど、深夜の寝酒に飲むと、朝、家族に飲んだことを気付かれる。フィーヌって幸せな飲み物だな~

さ、難しい話も終わり夜も更けた。今夜はこれでお開きお開き! 素晴らしい作戦会議場を供してくれたアバスクに感謝です!

レッドカー シラー ザ・ファイト マーク・エストリン2005年、ロバート・パーカーも認めるカリフォルニアの偉大なワイン醸造家、素晴らしいワイナリー「レッドカー」を主宰するマーク・エストリン氏がこの世を去った。

今夜はそのレッドカーのプレミアムワイン『シラー ザ・ファイト 2005』からエネルギーをもらった夜。まさに彼の最後の作品と推測されます(死去の月は不明)。

裏面には何やらエチケットに描かれたボクシングにまつわるストーリーが書かれている。「ラウンド3」と書かれており、何やら意味ありげ。

この『シラー ザ・ファイト』、残念ながらあまりにカルトなワインで詳細は不明。でもネットで見る限り2003年がファーストヴィンテージかも知れず、だとすると、3回目の醸造トライということで「ラウンド3」なのかなあ...

ものすごく濃くってしっかりとした芯の強いシラーです。時間とともに滑らかさも出てきてシルキーな感じになってきた。濃いけど薄っぺらじゃない、無骨だけど品格のある、何とも例えようのないワイン。

自らの命と引き換えに、病を押して執念で造るこのワインに背中を押され、僕もまた明日から頑張ろう~っと!

『シラー ザ・ファイト』にエネルギーとファイトをもらった夜です!

金曜の夜はベンチャー企業の経営経験者とディープに語った夜。場所は火曜の夜があまりに素晴らしかったので、再び洋風おでんとワインの店『びのむ』。

アンリ・ブルジョワ サンセール・ダンタン ジャン・グリヴォ クロ・ド・ヴージョまずはシャンパンでお互いのここからの挑戦に乾杯! 続いて前菜には前回同様、ロワールのソーヴィニヨン・ブラン、『アンリ・ブルジョワ サンセール・ダンタン 2006』。ほんと、初夏を感じるワイン。今日もまた鱧が素晴らしい! そしてこの夏の初物、松茸も出てきた!

メインのワインはブルゴーニュ、ヴォーヌ・ロマネの名門ジャン・グリヴォの『クロ・ド・ヴージョCLOS DE VOUGEOT) 2001』。僕はこのジャン・グリヴォのワインは大好きで、自宅には1999年のヴォーヌ・ロマネが数本ストックしてある。

う~ん、これは最高のワイン。ピノらしは酸味と果実味、優しさはもちろんこと、この地らしい骨太い深みが素晴らしい。さすが特級畑のクロ・ド・ヴージョだけのことはある。

最初の1杯はデキャンタージュせずにそのまま味わい、以降はデキャンタージュして飲んだ。華やいだ香りが席の回りに立ち上がる。

ポート途中、フォアグラが出たので前回同様、ポートで決める! 食後酒はコント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエのマール。これまた華やいだ香りが素敵なマール。

こんな素敵なお料理とワインには申し訳ない感じだけど、会話はディープ。僕の会社は元々は腕っぷしの強い荒くれ者、猛獣のような者など、ドベンチャーな感じのメンバーで立ち上がってきた。でも2004年の上場後は、当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、普通のサラリーマン、つまりは職業軍人とでも言うか、仕事としてソフトウェアの職種に付いているという人が増えてきてる。

確かにこのところ、社外から当社を見てるいろいろな人から「もはや、あなたの会社はベンチャーじゃない!」って言われることが多い。今夜もそう。

コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ マールう~ん、確かにそんなんだよね~ まあ猛獣とサラリーマンとどっちが良い悪いじゃないし、どちらにもそれぞれ良いとこ、悪いとこがあるんだけど、でも僕ら弱小ベンチャー企業は日々大手企業と戦ってる。その戦いを勝ち抜くには、やっぱりベンチャーマインドがないとキツいんだよね... 勝ち抜き生き抜く執念、そしてビジネスを創ることのテンポ感。それらがベンチャーマインド組と職業軍人たるサラリーマンとではかんなり温度差があるのは事実。難しいなあ...

そんなディープな議論をしながら素敵な料理とワインを味わう夜。

一流のビジネスマンは食事やワインの楽しみ方も超一流。今夜の客人もまさにその通りで、料理をじっくり味わい、素材を楽しみ、ワインを楽しみ、そして確信を突いた議論をする。素晴らしいね!

素敵なレストラン『びのむ』という舞台に乗り、素敵な客人を迎え食事とワインと会話を楽しんだ夜。そしていろいろこの先の事を考えた夜。素敵な夜です。

木曜の夜は人と人の縁を感じるディナー。場所は大好きなアバスク

僕が会社を創業したのが1988年。もう21年も前。創業直後、一人の若者が飛び込み営業のような感じで飛び込んできた。今や日本最大のベンチャーキャピタルとして東証一部に君臨する会社の新人。

その頃、僕は会社を創業から数年で上場させようと頑張ってた。彼とはいろいろな議論もし、事業について語り合った。そしてなぜか彼の結婚式にも出たんだよね~

ジャクソン JACQUESSONしかしその後、僕は90年バブル崩壊で会社が頓挫し一人になり、彼は米国へ転勤となった。それから彼は、元々ベンチャースピリット旺盛な人だったんだけど、会社を飛び出し、米国で会社を起業した。それに一区切りを付けて2000年代の初頭に日本へ戻ってくると、今後は日本で会社を創業した。凄いファイターです!

そんな彼と超久しぶりの再会。縁をつないでくれたのはまったく予期もしなかった人。たまたまた仕事で接点のある方と飲んでたら、その方が10数年前に米国勤務だった頃、アメリカで企業していたその若者と知り合ったそうだ。先日飲んだ際にそんな話になってビックリ! そんなところから盛り上がって皆で集まろう!、となった。

縁をつなぐ乾杯には、ナポレオンから大いなる寵愛を受け結婚式でも振舞われたという由緒あるシャンパン『ジャクソンJACQUESSON)』。軽やかな酸が爽やかで夏向きの逸品。

ちなみにエチケット上部の「キュヴェ 733」という商品名は、ジャクソン社創業100周年だった1898年のキュヴェを「キュヴェ 1」として以降、今日に至るまで継承されてきたキュヴェ番号の733番目という意味でそうです。

フロントン FRONTONワイン好きが久々に集まってお互いのこの15年を語るので、話は尽きず、ワインも尽きずという感じ。せっかくフランスとスペインの国境沿いの地域、バスク地方の料理のレストランに来たので、ワインもバスクのピレネー山脈近郊やボルドーより南の南西地方など、普段皆さんが飲んだことのないようなワインにしようとソムリエと相談した。

1本目は南西地方の『フロントンFRONTON)』。ネグレットという地場のブドウから造られるこのワイン、僕も初めて飲む。シラーやテンプラニーリョなど、南仏やスペインのワインに近い感じ。太陽の恵みをたっぷり受けてるって感じの明るく翳りのない優しい感じの素敵なワイン。

シャトー・モンテュスそしてもう1本、こちらは本当にピレネー山脈に近いマディラン地区の『シャトー・モンテュス』。果実の凝縮感が強いしっかりとしたワイン。イタリアの陰干ししたブドウから造るアマローネなんかにちょっと近いニュアンスがある。

素敵なシャンパンとワインを飲みながら、それぞれの15年を語った夜。人生は何があるか解らない。そして人生、どんな縁がどこでつながるか解らない。人と人の縁は不思議です。

そんなことを想う夜。そして、そういう想いをつなぐワインって飲み物はさ、こりゃ凄いね! 素敵な夜です。

デュペレ・バレラ シャトー・ヌフ・デュ・パプ
今夜は南仏のオシドリ夫婦、ローラン・バレラエマニュエル・デュペレが造るデュペレ・バレラ樹齢100年超の古樹から造る2003年のシャトーヌフ・デュ・パプを開けた。

このブログでも何度も出てきてるデュペレ・バレラは、電気も農薬も使わない本当の自然派で、彗星のごとく登場してきた若きワインの改革派。僕はデュペレ・バレラのワインが大好きで、このほか、電力を一切使わず重力の力でブドウを絞ったという『ノワット』、ムールヴェードル主体の『バンドール・インディア』などなど、このワイナリーのワインにはとってもハマってる。

でもワインは生き物。今夜、最初に開けたデュペレ・バレラシャトーヌフ・デュ・パプは、抜栓した瞬間から嫌~な酸の香りがしてヤバいと思った。案の定、明らかなブショネ。コルクについたカビからくる腐敗臭。う~ん、前回は完璧だったのに...

ロット不良だと嫌なので、残り1本のデュペレ・バレラシャトーヌフ・デュ・パプを開けてみた。こちらは状態は悪くない。南仏らしい干しブドウ的な味わいもたっぷりとしていて美味しい。でも1年前に飲んだほどの感動がないのはこちらの体調かなあ... 

ハートノート HeartNote
2003年は僕の第3の青春の末期。会社が急に大きくなってそろそろ自由が利きにくくなってきた頃。僕の趣味のジャズレーベル「ハートノート(HeartNote)」が渾身の力作を4つ連発したのもこの年。

そして嬉しいことに、我がレーベルを手伝ってくれたベテランプレイヤーたちが売れっ子ジャズバイオリニスト・寺井尚子さんのメンバーに選ばれたのもこの年。ピアノの北島直樹、ギターの細野義彦、ベースの成重幸紀。僕の大好きなこの3人が我がハートノートを経由して表舞台に立つことになった。これだけでもハートノートの存在意義はあったと思ってる。今夜はそんな2003年の寺井尚子さんの『アンセム / Anthem』 を聴きながらこのワインを飲んだ。

寺井尚子 アンセム Anthem
そんな2003年を想い出しながら味わうデュペレ・バレラの2003年のシャトーヌフ・デュ・パプ。ワインって、そのワインができた年が紐付いてるから、その年を想い出しながら飲むことができる。それが他のお酒と圧倒的に違う。幸せなお酒です。

僕の3回の青春僕には青春が3回あった。これって、人より恵まれてるかもね~

高校2年でプロのミュージシャンとなり21歳まで続けたミュージシャン時代が第1期。1979年~1983年くらいまでかな。

続いて、25歳で会社を興した後、アルペンスキー(大回転)の草レースにハマって年間50日以上も雪の上を駆け回っていたあの頃が第2期(1988年~1990年)。

そして会社を再起して社員数名の身軽な状態だったからアフターファイブに好きなことができ、ジャズレーベルハートノート(HeartNote)を立ち上げたりワインバー『cure』を手伝ったりしていた2001年~2003年が第3期。もう1回くらい青春って来るのかな...

ホワイトホール・レーン土曜の夜はそんな第3の青春時代の想い出のワイン『ホワイトホール・レーン 1999』を開けた。入手時期ははっきりは覚えてないけど、たぶん2000年代前半。このホワイトホール・レーンは小さなブティック・ワイナリー。2002年に自分たちのワインバーをたたんだ後、そのワインバーで置いてたワインを少しずつ集めた。たぶんその頃の遺物だと思う。1本だけセラーに入ってた。

10年を経たホワイトホール・レーン、これは何とも崇高な香りと重みがあり素敵なワインです。ボルドーのようなハーブ香、森の草木の下生え、土の香りなどがして素晴らしい。時間とともに重みを増した。

そしてこのワイン、どこかピーマンみたいな感じの青い香りがする。この青さは不思議だな~ 僕の今夜の気分を反映したのか...

ジェイク・セレクション・フロム・アヴァンティ

BGMは懐かしいジェイク・セレクション・フロム・アヴァンティ。FM東京の有名な番組「Suntory Saturday Wating Bar "AVANTI" 」からのCD。この番組からはCDのほか、カクテル本が2冊出版されたりしてる。バー・アヴァンティでのお洒落な会話と素敵な音楽をちりばめた番組。このCDはその中で流れる音楽のコンピュレーション。

第2の青春の後、90年代は僕の暗黒期。それを脱するまでの間、ちょうど第2の青春が終って第3の青春を迎えるまでの間の時期、このCDをよく聞いてた。頑張ってるといつかは闇は抜ける! 明けない夜はない! このCDを聴くとそんな事を想う。

今夜はそんな想い入れのあるCDを聴きながら、今やもう輸入されていない貴重な貴重なホワイトホール・レーンを飲んじゃった! 小さなブティック・ワイナリーだから日本への割当ては中々難しいのかな~

素敵なCDと懐かしいワインで自分の”第3の青春時代”を想い出した夜です。

あと3年で50歳。そこから第4回目の青春をしたいな~ ジャズレーベルとワインバーを何としても復活させたい。そのためにもまずは仕事を頑張ろ~うっと!