生きていくってこと: 2009年2月 Archives
昨年、かねてからの念願だった米国ワインエデュケーター協会(SWE)のワインの資格『CSW(Ceritified Specialist of Wine)』に合格した。土曜の夜、同協会の日本支部・SWEJの会合があり、その後の懇親会は昨年度の合格者の祝賀会を兼ねて行われた。会合では福岡出張時によく立ち寄るワインバー「モンターニュ」のオーナーの山室さんも福岡佐賀地区長として来てた。
懇親会では参加者が一人1本ずつお気に入りのワインを持ち込むルールになっていて、僕は大好きなパルメイヤーの1999年を持ち込んだ。お蔭様で皆さんにとってもご好評いただけたようだ。僕がその昔に副業(趣味?)で友人たちとやってたワインを中心にしたカリフォルニアキュイジーヌのレストランでもこのパルメイヤーはイチオシのワインだった。僕は本当にこのパルメイヤーが大好きで1995年~2001年までのものを大量に自宅にストックしてる。このブログも右上のSearch欄でパルメイヤーと検索してもらうとたくさん出てくる。そんなパルメイヤーを今夜は皆さんにおすそ分け(^J^)
写真の通り、全部で20種類くらいのワインが集まった。シャンパンあり、ロゼあり、実にいろいろな種類のワインが集まった。そして実にいろいろな職種のいろいろな人たちが集まり、わいわいと語るうちにあっという間に時が過ぎていった。実に素敵な夜でした! 集合写真を幹事の方が撮ってるので、届いたら掲載します!
ワインは人と人をつなぐ。心と心をつなぐ。そして素敵な会話を創り出す。だからワインはやめられない! こんな素敵な場を企画して下さったSWEJ日本支部長の児島速人先生、及び日本支部のスタッフの方々に感謝です! そして僕のCSW合格を祝って下さった参加者の皆さんに感謝です!
この不況下、今夜はグレートなワインです! 先日の米国、オバマ新大統領の就任式昼食会でメイン料理と共に供された赤ワインです!
昨日、米国ではオバマ新大統領陣頭指揮の景気対策法案が上下院で可決された。就任からのこの短い期間での怒濤の勢いと行動力! これを見習うってわけでもないけど、このオバマパワーにあやかってみるか、ってな感じで、就任式の昼食会で出されたメインのワイン『ダックホーン ゴールデン・アイ ピノ・ノワール 2005』を開けた。
オバマさんは中々のツワモノ。普通さ、こんな世界中の注目が集まる昼食会のワイン、いろいろ取り混ぜて個人の趣味は見せないし、どこか1社に偏ったりしないもの。でもオバマさんは違う。どういう縁か知らないが、この就任式の昼食会、ダックホーンの白ワイン(ソーヴィニヨン・ブラン)から始まって、メインのお肉料理にはこのダックホーンのピノ。ダックホーンずくしだったらしい。
カリフォルニアの名門ダックホーンではあるけど、白ではソーヴィニヨン・ブラン、赤ならメルローが有名。また、最近では南仏・ローヌ系のワインにも挑戦しており、12月にはそのローヌブレンドの『キャンバスバック』を飲んだけど、これも素晴らしかった。でもまさかピノ・ノワールを造ってるとは... これは今回の新大統領の話題で初めて知った。
で、その就任式のワイン、中々ディープです! ピノ・ノワール特有の鉄分や血の香り、獣臭などはしっかりとあり、でもブルゴーニュや最近のオレゴンのピノに比べると酸味が少なく、その分、力強さと熟した果実味がある。まさにカリフォルニアらしいピノ。個人的にはもう1週間~10日くらい前にブドウを収穫した方が糖度が上がり過ぎずきれいな酸も残ったんじゃないかな~とも思うけど、これがカリ・ピノ(カリフォルニアのピノ)らしいとも言え、無理にブルゴーニュっぽくする必然性もないようにも思う。
まさにこの景況下でのオバマ大統領の船出に相応しい力強い凝縮感の高いワイン。このワインのように新大統領には経済対策に向け猛突進して欲しいものです。そして僕らもこのワインのように、生き生きとダイナミックに挑戦して時代を創っていきたいものです。
オバマさんになった気分で明日からの戦いに臨む気合いを入れ直した夜。さ、もうすぐ夜が明ける! ファイト~~~
PS. ちなみに新大統領就任式の昼食会は、前菜のロブスター、帆立貝、タラなどが入ったシーフードシチューに合せてダックホーンの白(ソーヴィニヨン・ブラン)が、後半のメイン料理、鴨とキジのオーブン焼きに合せて今夜のピノがそれぞれ出たそうだ。
でも意外に就任式って質素なんだね~ オーパスワンとか出まくりかと思いきや、このダックホーンの赤白はそれぞれわりとカジュアルなワイン。オバマさん、庶民派なのかな~(^J^) そうなら僕らと目線が近くて嬉しいかも~
この1週間、なぜか懐かしい情景に遭遇する。鹿児島しかり、浅草しかり。そして今日も!
今日は1年ぶりに亡母の墓参りに行った。そのすぐ近くに『江戸東京たてもの園』という施設があり、フラッと昼ご飯を食べるくらいの気持ちで立ち寄った。ところがどっこい、これが凄い施設だった~

江戸~明治の建物、大正モダニズム的な洋館など、様々な由緒ある建物が移築されてた。突然100年前とかにタイムスリップしたかのような世界....
そんな夜に飲むワインは、これまたレトロな歴史を背負ったワイン。昨夜に続き大好きなコッポラのワイン。でも今夜のコッポラ、『エディツオーネ・ペニーノ ジンファンデル 2003』は、これはほんと格別!
裏面の記述を読むとこのワインの背景が事細かに書いてあった! コッポラの祖父、ペニーノは1905年、イタリアはナポリから新世界を夢見てアメリカに渡った。作曲家・作詞家だったペニーノはそのニューヨークの地で、音楽出版社『エディツオーネ・ペニーノ』を設立した。このパイオニア精神溢れる祖父に敬意を表したのがこのワイン。
エチケットの左のダイヤモンド型の絵は祖父・ペニーノが旅立ったナポリの港を、右側のダイヤモンドは祖父が到着したニューヨークの風景を、それぞれ描いてるそうだ。そしてこれはペニーノが興した音楽出版社のロゴそのものと書いてある。
このジンファンデル、とっても果実味の凝縮感が高い。ドライフルーツのような凝縮感。ジンファンデルはイタリアのプリミティーボ種と根っこがいっしょのブドウなんだけど、まさにプリミティーボとか南仏のグルナッシュに近い。スパイシーさはあまりなく、幸せを運ぶような素敵な香りがする。
ジンファンデルも造り方や熟成によりいろいろな顔があるようで、クロ・デュ・ヴァルのクリスマスワインやニコルスなど、長期熟成によりブルゴーニュのピノ・ノワールのように昇華するものもあれば、ひたすら南の地域のブドウらしさを発揮し続けるフルーティーな物もある。ジンファンデルの本質ってどんな?、ってたまに思うことがあるくらい、いろいろな顔を持つ。造り手によって違うのかな~?
レトロな景色を見た後に、レトロなストーリーのあるコッポラのワインを飲んで感慨に浸る夜~
今週はなぜか懐かしい場所に行くな~ 昨夜、鹿児島から戻り、羽田空港から京急線に乗ったんだけど、鹿児島空港で買ったお土産を電車の網棚に置き忘れちゃった。降車してすぐに気付いて駅員さんに手配してもらったんだけど、電車は思いのほかどんどんと進んでしまい、荷物を捕獲してもらえたのは、なんと浅草駅。当夜は取りに行くのはしんどいので、翌日に行く事にした。
ということで、今日、浅草駅に忘れ物を受け取りに行った。僕は母子家庭だったことから高校時代、縁あって浅草の有名なお寺『浅草寺(せんそうじ、って読むんだよ!)』から奨学金をもらってた。ここはなぜか振込にはしてくれず、奨学金をもらってる高校生が毎月1回、土曜日一同に会し、それぞれの近況等を話した上でお金を受け取る。最後に行ったのは1979年かな~ なんと、、30年ぶり!
超久々に訪れた浅草は、あの頃と何も変わらず、今日もごった返してた。境内には人が溢れ、本堂に近付くのも大変。でもせっかくなので、何とか頑張って本堂まで辿り着き、この苦境下の経済で僕の会社が元気に生き残れるよう、願い事をした。
参拝して脇の道に出ると、昼間から焼き鳥やモツ煮の屋台が並び、老若男女がみな飲んでる。これも昔のまま。そしてお昼は創業100年以上の老舗の鰻屋「川松」でうな重。歴史ある場所の歴史ある店で食べる鰻はすごく美味しかった。
鹿児島にしろ浅草にしろ、懐かしい場所っていろいろあるよね。縁が無くなるとほんと、行かなくなる。浅草なんて都内だし、行こうと思えばいつだって30分くらいで行けるんだけどね。
なぜか今週は昔の感傷に浸る場所に行き着く一週間です。
2008年2月7日、僕の会社の功労者である若者が6年もの闘病の末、亡くなった。福岡から朝一の飛行機で仙台に飛び、葬儀に参列した。その夜、行き場のない哀しみと無情感、脱力感を抱え飛び込んだいつものナイショのバーで『面影』と呼ばれるワイン、『ザ・シャドー(THE SHADOW)』に出会った。 僕の心を見透かしたかのように、霊感者のように、僕は何も言ってないのに、マスターは僕にこのワインを勧めた。
明日は彼の命日。鹿児島から戻った金曜の夜、このナイショのバーに飛び込み、そして2杯ほど食前酒(!?)のグラスワインを飲んでから、このザ・シャドーを開けた。一人じゃ到底飲み切れないので、バーのスタッフの皆にも注いだ。
彼を偲んで飲むザ・シャドー。彼は本当に会社のために力の限り、頑張った。彼のためにも頑張らないと!
彼の命日前夜、彼を偲ぶワインで気持ちを新たにする夜。
金曜日、22年ぶりに鹿児島に行った! 前日福岡に行ってたので、福岡から陸路、電車で移動。まだ九州新幹線が全線開通してないので、熊本(新八代)まで特急でそこから新幹線に乗り換え、計2時間半。
僕が鹿児島に通ってたのは1987年。大学を出て先輩たちと立ち上げたベンチャー企業で頑張ってたその頃、僕は鹿児島の南日本放送(MBC)さんを担当してた。年間100日近く通い、報道センターのCGのシステムを立ち上げた。懐かしいな~
この年の夏、僕はその会社を辞め、半年の準備期間を経て1988年4月、今の会社を興した。起業後しばらくは前職のお客様である南日本放送さんを今の僕の会社で無償でアフターフォローしてた。
当時の中心的な駅「西鹿児島駅」は、新幹線開通に伴い「鹿児島中央駅」という名称でリニューアル。立派な駅ビルも出来て屋上には巨大な観覧車も! 変わったね~
でも新幹線駅が立派になった反面、旧市街地であり今も繁華街の中心「天文館」はかなり寂れたと言う。今回はITを活用した天文館の再興に絡んでの鹿児島入り。危機感を持った天文館の商店街は「We Love 天文館」という協議会を作り、そしてその名前をキャッチコピーとし、携帯サイト「天まち」を作ったりして頑張ってる。
ランチは超懐かしい店に行った。22年前、しょっちゅう通ってた老舗のラーメン屋『のぼる屋』。昭和22年創業で、鹿児島で一番古いラーメン屋。その当時も崩れかけそうな民家だったけど、今日来てみてもまったくその頃と変わらない。靴を脱いで抜けちゃいそうな階段を上がって2階の座敷に入る。扇風機がそのまま! 夏はほんと、暑かった。あの頃はエアコンはなかったように思うけど、今は1台だけ端っこにある。だけどたぶんこの広さじゃ効かないね。だからやっぱりレトロに扇風機(^J^)
当時の味は覚えてないけど、いま食べてみると以外にさっぱりしてる。豚骨だとは思うんだけどね。麺は米から造るビーフンに似た感じのモチモチした食感。当時25歳だった僕は東京以外のラーメンではのぼる屋のラーメンしか知らなかったから、九州のラーメンって凄い!、って感動しながら連日食べてた。
仕事で市役所と鹿児島大学を回った。この大学OBで一番有名(!?)な京セラ創業者、稲盛さんがいろいろ寄贈をしてるようで、校門を入ったところには稲盛会館という施設があり、また校内に入ると写真の通り「稲盛通り」というストリートまであった。
と、いろいろな事に感動し、いまの会社の創業前夜を想い出した。これからもしかしたら、ちょくちょく鹿児島に来る事になるかもしれない。何か不思議な気持ち。
ほんとに懐かしいな~
木曜日は福岡な夜。一晩でいろいろあった(いろいろ飲んだ!?)。
まずは部下と鮨屋で一杯。野球のソフトバンクホークスにいろいろ関係ある鮨屋らしく、松中とか城島とか、最近引退した田之上投手などのオリジナル焼酎があった! これは本当にビックリ~ いずれもたぶんご当地でしか飲めないレアなもの。 城島の焼酎は米焼酎でかなり旨かった!
そしてそれらのホークス選手の焼酎で鮨をつまんでたら別のお客様接待に呼ばれ、ダッシュで鮨を食べ終えて先発隊がいるワインバーへ慌てて参戦。
それも終わり、片腕の男と福岡のお気に入りのバー『ヒグチ』でシメの酒。ここで会社経営について熱く語って飲んでたら、なんと我が創業の年、1988年のウィスキーが2種類、出てきた。僕の大好きなニッカウィスキーの余市と宮城峡。余市は男らしいピートの効いたウィスキー。対して宮城峡は柔らかい優しい感じの女性的なウィスキー。とてもフルーティー。それぞれをストレートで楽しんだ。
対極な感じの2種類のウィスキーで夜を閉じた。僕の会社もこのウィスキーも、それぞれ生まれてから21年。凄い年月だな~ その間、ウィスキーは粛々と熟成を続けてきたんだろうけど、僕はいったいどれだけの事が出来たのか.... などなど、2種類の1988年のウィスキーでいろいろ想う夜。
水曜日の夜は、僕の会社が東証マザーズに上場する際に担当してくれた主幹事証券のメンバーの方々と広尾のグレープチョイスで新年会。
会社と証券会社が二人三脚で頑張る上場作業。会社と証券会社という立場を越え、本当に同士としていっしょに戦った仲間って感じ。四六時中いっしょに居た。今も年に一度くらいだけど、お互いのその後の活躍を祝して酒を酌み交わす。
まずは珍しいオレゴンのスパークリング『ドメーヌ・メリウェザー 1999』で乾杯! すっきりとしてフルーティーな素敵なスパークリング。オレゴンでこんな素敵なスパークリングを造ってるんだね~ 続いてやはりオレゴンのピノ・ノワール『ソーコル・ブロッサー』。ベリー系の誘惑香がする素敵なピノ。
ノンベーな我々はさらに2本開けた。まずはワシントンの『レコール No.41』のメルロー。カベルネ・ソーヴィニヨンとシラー、ブレンド物の3種類は飲んだことがあるけど、メルローは初めて。まっとりそして心が穏やかになるような静けさのワインって感じ。それなりに強さ、パンチもあるんだけど、どこか口当たりには冬の寒い日の池の回りの静寂感みたいな空気が漂う。素晴らしいワイン。
最後にもう1本、ワシントンの銘酒中の銘酒で僕も数本だけどストックしているデリール・セラーズの『シャルール・エステート』を開けた。ロバート・パーカーをして「ワシントン州のラフィット・ロートシルト」と言わしめる素晴らしいボルドースタイルの正統派ワイン。”同窓会戦士”のシメに相応しいワイン。
僕ら事業会社も証券会社も今はみな苦しい。でもこうやって同士が集まって情報交換し、そして励まし合ってお互いに英気を養う。美味しい料理とワインに元気をもらい、懐かしい会話に勇気をもらい、お互いに絶対に生き残ろうと誓いあった夜。最高に盛り上がった夜!
仲間っていいよね~~って、ほんと、そう実感した夜。
PS.
写真は右から上記の順番。後ろに見えるのは生ハムの足!
先週の日曜日、次女が地元の体操クラブ「池上スポーツクラブ」を退会する最後の日だった。このスポーツクラブ、僕が生まれ育った地元・大田区池上にある。そして、僕も通ってた。
僕は父が5歳の時に死去したんだけど、それ以来母親は「男は体力」という人生観になり、僕ら兄弟に徹底的にスポーツをさせた。たしか小学校2年生くらいから、僕もこの池上スポーツクラブに通った。今から40年くらい前の話。
そして驚くべき事が起きる! 今から8年前、子供たち二人を幼稚園に入った段階でこのクラブに入れた。初日、行ってみると、突然白髪交じりのスポーツクラブの先生が「おい! ケイイチロウ君!!」と声をかけてきた! なんとなんと、僕が小学2年生から高校2年まで通っていた時のその当時の先生がまだいた!! 幽霊の会ったかと思うくらいビックリしたその日のことを今でも鮮明に覚えてる。
それから8年、子供たちはこのクラブに通った。残念ながら受験勉強のために長女も5年生の終わりに辞め、そして次女も同じタイミングで辞めた。最終日に先生方に挨拶に行ったんだけど、僕が40年前に教わったその先生がまだまだ元気にうちの子供を教えてる。なんかさ、涙が出る。いったいこの先生は何歳なんだろう.... 超不思議。まだまだ元気に飛んだり跳ねたりしてる。
終ってから、先生と子供を並べて写真を撮った。僕は20代の頃、スキーのレースに大ハマりでガンガン戦ってたんだけど、スキーを初めて教えてくれたのもこの先生。親子二代に渡って同じ先生にスポーツを習うなんて、ちょっとビックリでしょ! 勉強とかならまだ有り得るんだろうけど。
これで二人の子供がこのクラブを卒業しちゃったので、もうこの体育館に来ることもないかと思うと、ほんと泣けてくる...
このクラブには、ソウルオリンピックでメダルを取った小西選手も在籍してた。今や大学の准教授。あまり記憶ないけど確か僕の1~2年下。そして、3年下にいた渡辺君は今もこの池上スポーツクラブでコーチをしてる。その渡辺君にも最後に会えた。彼も昔と変わらない。少年のような中年コーチだ。すごい熱血漢。
これで完全に池上スポーツクラブから卒業だな~ 何か寂しいよ....
PS. 合宿時のご飯の時に歌う歌が超面白い! 今も40年前と変わらずこの歌らしいよ(^J^)
♪お腹がすいた腹ぺこだ~♪
♪折しもご飯の鐘が鳴~るよ♪
♪ご飯も美味しおかずも美味し♪
♪あなたも私もニッコニコ!♪
♪いただきま~~す!!!♪
