生きていくってこと: 2008年1月 Archives

german-pino.jpg今夜は初物尽くしの夜。食前酒代りにドイツのピノ・ノアールを開けた。数年前にドイツフェアで買った。ドイツと言うと甘めの白ワインがイメージされるけど、最近は冷涼な気候を利用してブルゴーニュ風のピノを使った赤ワイン造りに力を入れている。リーデル社の中くらいのブルゴーニュ型グラスで飲んでみた。ブルゴーニュのピノのような鉄分や血や獣の香りもかすかにある。でも大ぶりのグラスに鼻を入れた時に上がってくる匂い立つ感じはなく、香りは穏やか。喉を通過する際に若干の甘みを感じる。色はエンジ色。茶褐色。何かに似てると思い、ずっと考えていた。そう、熟成の進んだシェリーのアモンティリャードにとっても似ている。味わいも香りも。食前酒として軽いおつまみと飲むには中々いい感じ。


続いて今夜のメインは、木曜日に飲んだ粋な若手経営者から贈られた南アフリカのワイン。僕の南アフリカ初体験。南アフリカにはピノタージュという独特のぶどうがある。今夜のワインはそのピノタージュを使ったワイン。ピノタージュはこの南アフリカの地で1924年、ステレンボッシュ大学農学部のアブラハム・ペロルド教授がピノ・ノワールとハーミテージュ(サンソー)を交配して造った品種。現地では「南アフリカピノタージュ協会」というこのぶどうの普及のための団体もあるらしい。

groot.jpgワイナリーは南アフリカではもっとも歴史があり1685年創設のグルート・コンスタンシア(GROOT CONSTANTIA)。ケープタウンから喜望峰へ向かって南下すると、途中にコンスタンシア地区という古いワイン生産地域があり、その中でも歴史ある農園が、このグルート・コンスタンシア。17世紀の政治家シモン・ファン・デル・ステル縁の農園で、彼が使ったレセプションルームは当時のままの様子を見ることができるらしい。

ワインはカリフォルニアは最南部のサンタバーバラの強いピノ・ノアールに似てるかな。かなり強く、かつ、酸の裏に独特の甘みもある。甘ったるいわけではなく、喉の奥で感じる甘み。イタリアの陰干しぶどうを使ったアマローネなどにも通じる甘みかな。鶏のトマト煮込みと合わせたけど、いい感じ!

afrika-book.jpg今日はちょうど本を読んでいたら南アフリカにまつわる事が出ていた。今度またゆっくり紹介するけど、「そこに日本人がいた! ~海を渡ったご先祖様たち~」という書籍。幕末~明治にかけて海外に飛び出していって活躍した人たちの歴史を綴った本なんだけど、その第1章がまさに南アフリカの話。時は幕末、1865年(慶応元年)に徳川幕府のロシアへの使節団が立ち寄ったのが日本人として最初に南アフリカの地を踏んだ記録。そしてそれに続くのが、少し時間は経つが1898年(明治31年)。古谷駒平という若者が28歳の若者が妻を連れて乗り込み、日本の雑貨を売る店を立ち上げずいぶんと大きく展開したらしい。今から110年も前の事。半年もかけて日本から辿り着いたようだ。本当にすごい!

ちなみにこのグルート・コンスタンシアというワイナリーが出来た当時の南アフリカは、この本からすると、どうやら未開の地にオランダ人が入植したばかりの頃と思われる。18世紀末になるとイギリスが入植し主導権は変わった。たぶんここはオランダ人が立ち上げたワイナリーなんだろうな~

1685年からのワイナリー創設323年もの歴史、そして日本人が初めて足を踏み入れてから143年、日本人が最初に住み着いてから110年、その歴史を感じながらこのワインを楽しんだ。今夜は3つの初物、ドイツのピノ・ノアール、南アフリカのワイン、そしてピノタージュというぶどう、これをじっくりと味わった夜だ。たしか2010年には南アフリカでサッカーのワールドカップが開かれる。益々ワインもメジャーになるかな~ 歴史とワイン、切っても切れない関係。深いなあ・・・ そして僕に南アフリカ&ピノタージュ初体験をもたらしてくれた彼に感謝です。

dominus.jpg仕事上の超難関が今週、一つ突破した。疲れた脳ミソにご褒美として、今夜は自家製の野菜たっぷりのビーフシチューに合わせ、ボルドーはポムロール地区の超銘譲酒、シャトー・ペトリュスを率いるクリスチャン・ムエックスがナパの地で造るドミナスの1996年を開けた。もう素晴らしいの一言。言葉が出ない。間違いなく今年飲んだワインの中では最高! 深い深い森の奥の草木の香り、ハーブの香り、そしてしっかりとした樽香、でもその裏にある恐ろしいほどの熟してむれた果実の熟成感。13年の時を経て至高の域に達した。前夜飲んだ大先輩への新年の挨拶に我が家のセラーからこのワインをお届けしたんだけど、僕自身、このワインはまとめて買い付けたまだ若い時に一本飲んだだけでそれ以来ずっと熟成させてきたので、今時点でどんな熟成を遂げているのか、とっても気になっていた。たぶんブラインド・テースティングではナパとは当らずボルドーの名立たるシャトーの名前を口にするんだと思う。素晴らしいワイン。

時を経て熟成するワイン・・・ 人間も頑張って人生を歩みいい歳の取り方をしていけば、老いて疎まれるのではなく、老いてなお、その人間の熟成・成熟によって価値は高まるんだと思う。もうすぐ46才を迎える僕もそんな歳の取り方をしたい!

金曜日は僕が会社を設立以来お世話になり、僕の結婚式の主賓としてもご出席いただいた大先輩経営者とのディナー。その方はIT業とは別に個人でイタリアワインの輸入会社も営んでいて、そのイタリアワインの会社のオフィスで待ち合わせた。実は期待してたんだけど、その会社に行ったらセラー見学の後、美味しいワインを試飲させてくれた。ヴェッキテッレモンテフィリ社の銘酒、ブルーノ・ディ・ロッカを1998、1999、2000年とヴァーティカル・テースティングさせていただいた。サンジョベーゼ中心のトスカーナ地域にてカベルネ・ソービニオンを混醸しているところが珍しい。WEBで見る限り、1998年はサンジョベーゼが45%、カベルネが55%と、何とカベルネ・ソービニオンの比率の方が高い。最近スーパートスカンと言われるボルドーを意識したトスカーナワインが流行っているけど、そんな感じの配合。開けた瞬間は2000年がすぐに華開いて美味しいと思ったけど、徐々に1999年も追い上げてきて、最後は1999年がグッと旨味が込み上げてきた。

gloria.jpgこの幸せなテースティングを終え、僕の友人の若手ソムリエ・大山氏が昨年11月に立ち上げたレストラン「アバスク」へ移動。フランスとスペインの国境沿いのバスク地方の料理に合わせ、そしてテースティングしてきたワインとまったく違う傾向にすることも意識し、ボルドーはサンジュリアンの知る人ぞ知る銘酒、我が家でも常備しているシャトー・グロリアの1995年を開けた(お店で写真を撮り損ねたのでこの写真は我が家の在庫から)。まさに正統派ボルドーそのもの。奥行きもしっかりあり13年を経た熟成感も素晴らしく、まさに今が飲み頃なワイン。このワインでバスク地方特有のバスク風トリップ(ハチノス)のトマト煮込みやパエリアを食べた。

いつもながら、この業界を30年に渡り引っ張ってきた社長の言葉の一つ一つは重く、その言葉を受け止めながらシャトー・グロリアの放つ社長の言葉と同じような重く深~いぶどうのメッセージを受け止めた。深い夜だ....


シャトー・グロリアが飲める渋谷の小粋なレストラン
『アバスク』

日本のイタリアワインを変えたインポーター
『ヴィナリウス』

木曜日はイケテる若者とワインを飲んだ。


彼は中目黒で会社を経営している。南アフリカのワインが好きという活力溢れる魅力的な若者。お土産に南アフリカのワインをもらった。僕にとっては初めての南アフリカ。飲むのが楽しみ~

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さて、この夜は最初にカリフォルニア・ソノマの隠れたピノの銘酒、ノールを開けた。ノール・ワイナリーリー&ダグ・ノールと二人の息子、長男アンドリューと次男サムの家族4人で運営しているワイナリー。

ワイナリーの拠点自体はソノマの北側、ドライ・クリーク・ヴァレーの中心地・ヒールズバーグにあり主にここではジンファンデルを造っているようだけど、このピノ・ノワールはルシアンリバー。

前日飲んだミュラーとルシアンリバーという事で系統は似てるけど、もう一歩さらに繊細でエレガント、ニューワールドとブルゴーニュの中間をいく感じでラズベリーなどの果実系の香りが豊かで豊潤なワイン。

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続いて開けたのはワシントン州のカルトワイン、レオネッティ。ここのカベルネ・ソービニヨン、メルローは実に素晴らしく、我が家にも2004年のカベルネ、2005年のメルローが2本ずつあるけど、日本には本当に割当てが少なく、また現地の日本人に頼んでも地元ですら中々手に入らない逸品。

そのレオネッティのサンジョベーゼ。まさかレオネッティがサンジョベーゼを造ってるとは知らなかった。

サンジョベーゼはイタリア特産のぶどうで、有名なキャンティーなどもこのぶどうから造られている。この南方系のぶどうをまさか北方のワシントン州で栽培しているとはビックリ! 味はイタリア本国のサンジョベーゼと比べると酸が柔らかく、そこに若干のニューワールド的なふくよかさが加わって、何とも豊潤なワイン。でもボリュームがあり過ぎるとかグラマラス過ぎるのではなく、実に品がいい。

これはサンジョベーゼ 100%ではなくシラーが13%、カベルネ・ソービニヨンが11%という絶妙な混醸が効いてるのかな。日本にはわずか数本の着荷らしい。素晴らしいワイン。

1977年にフランク&ローザ・レオネッティさんの支援の下、フィギンズ夫妻が立ち上げた小さな小さなブティックワイナリー。

この夜は粋な勢いのある若い経営者とこの2本の美味しい豊潤なワインを飲みながら、お互いの仕事や生活を語った。前日のベテランな先輩格の経営者の方々とのワインナイトと対極のような若手との対話。今夜はも素晴らしい夜となった。いいワインは会話を盛り上げる。そして若い人に刺激され、僕もまた仕事に気合いが入った夜だ。

ノールやレオネッティーが飲める広尾の素敵なワインバー
『グレープチョイス』

Mueller.jpg水曜日は福岡で僕よりも経験も実績もある先輩格の経営者二人とワインを飲んだ。最初の一本はシビレた~ 2001~2002年に僕がカリフォルニアワインをメインとしたレストランをやってた時の我がレストランの一押しのワイン、カリフォルニアはルシアンリバーのピノの名門、ミューラー!! 最近あまり日本には入ってきてないようで、2002年9月に自分の店を閉めて以来、初めて飲んだ。いっしょに飲んだ福岡の先輩社長が最近お好きで、その方の行き付けのワインバーには常備しているらしい。ルシアンリバーらしい濃厚なピノ。南のサンタバーバラのピノと濃さを競うよう。でも濃いけど滑らかな舌触りでもあり、素晴らしい。1991年の創設と若いワイナリーだけど、オーナーのロバート・ミューラーさんは最近までバイトすらいれずに一人で全ての作業をやっていたという凝りよう。凝縮感のあるルシアンリバーを代表するようなワイン。国内在庫はかなり少ないのか、ネットでもほとんど出てこない。

monte.jpg続いて飲んだのはシャトー・モンテレーナの珍しいジンファンデル(2004年)。シャトー・モンテレーナは先日紹介した通り、1976年のフランス vs カリフォルニア対決で白ワインの部で優勝したワイン。僕のセラーにはカベルネソービニオンがストックされてるけど、ジンファンデルを造ってるとは知らなかった。干しぶどうのようなギュッと凝縮した甘い誘惑系の香りと、でも実際の味わいは甘いわけではない深く沈む込むかのような味わいのバランスが素晴らしい。さすがシャトー・モンテレーナ

そしてヨッパライ中年3人はさらにもう1本、南仏はサン・ジョセフのワインを飲んだ。地域からしてシラー種と思うけど、銘柄は酔って忘れちゃった。最初の2本がそれぞれ傾向は違うけど凝縮感が強いギュッと絞ったようなワインだったので、まったく違いタイプという事でソムリエが選んでくれた。軽いスパイシーさもあって南仏らしいワインだった。

ということで、経験豊富な経営者のお二人と素晴らしいワインを飲みながらじっくり語り合った素敵な夜でした。前にも書いたけど、自分より何かで秀でている方、自分より経験豊富な方、そういった諸先輩方とワインをともにして語り合うのはこの上ない幸せだ~

ミューラー、シャトー・モンテレーナが飲める福岡の素敵なワインバー
「モンターニュ」

ようやく激務の1週間が終って今日は土曜日。中々ブログも週末しか更新できない... 今週は毎日宴会が続きヘビーだった~ でもその中の唯一の救いは月曜日を除いては毎晩ワインだったこと! 今週はお偉いさんとの会食が多かったんだけど、経済人にはワイン好きな方が多い。

cdv.jpg火曜日は月に一度の役員会。自分がオーナーとは言えいろいろな部署や子会社もあり、毎月のこの日は脳ミソがクタクタになる。この疲れ果てた脳をほぐすべく、今夜は鮨にクロ・デュ・ヴァルの2003年(写真は2004年)。クロ・デュ・ヴァルはナパの銘譲酒で先日このブログにも紹介した1976年のフランスワイン vs カリフォルニアワインの戦いにも出品された逸品。その時にはフランスに敗れたけど10年後の1986年、ニューヨークでの再戦ではフランスの帝王ムートンやオー・ブリオンも破って第1位となったワイン。

オーナーのベルナール・ポーテさんはフランスの醸造家の息子。お父さんは銘譲酒シャトー・ラフィットの醸造を担当するという名門の血筋。1972年、ニューヨークのビジネスマンだったジョン・ゴーレット氏とともにナパ・ヴァレーのスタッグス・リープ・ディストリクトに創設したワイナリー。2003年は深い森の奥に迷い込んだかのようなグッと僕を吸い込むような香りでまずは一発ガツンとやられ、そしてじっくり温度が上がるのを待って飲んでいるとぶどうの凝縮感が出てきて素晴らしい状態! 疲れた脳を癒す素晴らしいワイン。これがかなり醤油に合うんです。皆さんも一度ダマされたと思ってナパのディープなカベルネに醤油、合せて見ることをお薦めしますよ!

それにしてもフランスの名門の醸造家に生まれながらにカリフォルニアの新天地での挑戦という人生を選択したポーテさんのパワーに感動です。人は生まれながらの環境に甘んじてちゃいけないんだね。ま、僕は失うものもないような家に生まれてるから関係ないっちゃないけど(^J^)

いま楽天とかで検索してみてもほとんどどこも在庫がない。貴重なワインだ~ 我が家のセラーには下の娘の生まれた年、1997年が1本保存されてる。成人式くらいまでは保管かな。

今夜の食後酒はボンド・マティーニ。そう、カジノ・ロワイヤルでボンドがオーダーする「ステアじゃなくよくシェークして!」ってやつ! さすがに映画同様のリレ・ブランは手に入らないのでドライベルモットのノイリー・プラットで代用。細雪のような氷が出来るくらいのハードなシェークでカクテルグラスに注ぐ。レシピはいろいろ言われてるけど、直近のカジノ・ロワイヤルでは下記の通り。今夜はこれに従った。

ボンドって粋だよね~ こんな飲み方の出来る奴は仕事も出来るんだろうな・・・ ハードボイルドって仕事にも酒の飲み方にも共通する、何ともバシッと一本芯が通った粋な男の生き方って気がする。

[レシピ]
ゴードンジン:3
ウォッカ:1
ノイリー・プラット 1/2

chapoutier.jpg

南仏・ローヌの巨匠ミッシェル・シャプティエがオーストラリアの地で造ったシラーがこのDomaine TOURNON Mount Benson 2004年。ブラインドテイスティングだとローヌと答えてしまいそうなシラー系の香りに惑わされる。さすが自然農法を付き詰めたビオディナミ農法(星や天体の動きと合せて栽培、収穫を考える方式)の父シャプティエ。1808年から続く伝統あるワイナリー。彼は1995年に南オーストラリアの地にぶどう畑を開墾し、1998年をファーストビンテージにオーストラリアでも独自のワインを造り続けている。オーストラリアっぽりスパイシーさも持ちながら、ローヌ系の複雑な奥深さも持っており、素晴らしいワイン。今夜は自家製のオニオングラタンスープと骨付きソーセージで飲んだけど、まさに南仏系の味わい。素晴らしい~~

伝統の重さと歴史を感じるワインだ。実業の世界で生きる僕も、古き良き時代や人を否定するのではなく、歴史を真摯に受け止めて、そして僕らの力で新しい時代を創っていけたらな、って思う。

シャプティエ(輸入元のページ)

昨年の秋、じいちゃんの弟が亡くなった。98才。90才を超えてから再婚してた。葬儀で初めて聞いたんだけど、明治時代のおっちゃんのパワーにはビックリ! でもその葬儀の日からもっとビックリすることが続々と・・・

僕のじいちゃんは長男。今回亡くなった弟が98才という事でもわかるように、じいちゃん含めもうほとんど兄弟は生き残ってない。で、前々から親族の間では、我が一族には江戸末期にポルトガルの血が入ったって噂があったんだけど、どうやらこれが本当っぽいんだよね~・・・

じいちゃんの弟が死ぬ間際、「自分にはポルトガルの血が1/8入っている!」って言ったそうだ。慌てていま、いろいろ調べてる。現時点では、幕末の頃、ポルトガル人の宣教師と日本人の女の人がいっしょになったのが我が一族の起点って説が有望。怪しい部分もいろいろあるけどね。で、じいちゃんが1/8の血ってことは、じいちゃんのじいちゃんがポルトガル人と日本人のハーフだった、ってことになる。そしてじいちゃんを1/8とすると孫である僕はなんとも1/64。でもそう言われてみるとじいちゃんの兄弟やその直接の子供に鍵鼻でどうみても欧州人って顔の人が何人もいた。それなりに確度の高い話かもね。

almeida.jpg気になって仕方ないのでお正月に「南蛮医アルメイダ ~戦国日本を生きぬいたポルトガル人~」(柏書房刊)って本を読んだ。1550年代、なんと今から450年以上も前の日本にポルトガル人はやってきた。第1陣のフランシスコ・ザビエルは信長に面会してワイン(たぶん今で言うポート酒)を献上して一杯やったらしい。これが「日本で一番最初にワインを飲んだ人は信長!」と歴史クイズで言われる由縁。その直後に第2陣としてアルメイダは来日した。

このアルメイダは450年も前の時代に、当時の戦乱の世の中で大分県辺りを支配していた大名・大友宗麟の信頼を得て、大分県内に日本で最初の病院を造った。これはすごい事です! 部屋(入院病棟)は内科、外科、癩病(今のハンセン氏病)の3つに別れ、外科では銃弾に倒れた患者の外科手術も行われていたらしい。日本での外科的手術はこれが初めてと思われる。その後の秀吉のキリシタン禁止令でかなり活動は停滞したようだけど、450年も前の時代に南は鹿児島から西は京都まで精力的に動き回って活動したすごいポルトガル人がいたことに感動するばかり・・・ ぜひこの本、皆さんにも機会があったら読んでみて欲しいな~ 450年を経ても人間の欲望や行動に変わりはない事がよく解る。そして電話やインターネットといった通信手段がないにもかかわらず、かなり詳細な情報のやり取りが書簡で日本とポルトガルの間で交わされているのが超不思議。船だってしょっちゅう難破してた時代だからね。

で、この450年前のポルトガル人が我が一族の先祖なのかどうか、それが気になるところなんだけど、よくわからない。つ~か、まったくもってトレースのしようがないかな・・・ ま、そのうち歳取ったら時代考証の調査でもやろうっと! いずれにせよ、先日も「歴史の重み」としてブログに書いたけど、僕たちの日々の活動に比べれば何万倍も密度の濃い命がけの時代を生きた人たちがいたってこと、これは感動するよね~~ 人生観が変わる。


南蛮医アルメイダ ~戦国日本を生きぬいたポルトガル人~」(柏書房刊)

今夜は勝利のワイン”V”!!(『V』 ヴィアデアVIEADER) ”V” 1999)。なんか、こういう正面切っての”V”印っていいでしょ! 昨年4月、僕が経営する会社の子会社に社長を送り出す際、昨日書いたパルメイヤーともう1本、この勝利のワイン(!?)を渡して景気付けにした。

20080114-w1.jpgこの「ヴィアデアVIADER)」ってワイナリー、ほんと、ディープでカルトなワイン。アルゼンチン出身の美女、デリア・ヴィアデアさんがボルドーはサンテミリオンのシャトー・シュヴァル・ブランに惚れこみそれを目指して立上げたと言われるワイナリー。クリントン元大統領のお友達って話が出回ってるけどどうなんだろうね~? で、自身の名前を付けた『ヴィアデアVIADER)』。これはボルドーでは補助品種的な扱いになる事の多いカベルネ・フランをメインとして醸造している中々カルトな造り。僕も年代別にいろいろストックしてるけど、超絶な素晴らしさ。そしてもう1つのラインナップが今夜飲んだ『V』というシリーズ。

さ、この『V』って何の”V”だ?? VIADER の”V”? いや、違う。「サインはV!」、それはアニメでしょ! 勝利の”V”? 若干ニュアンスとしてはあるけどまだまだ違う。この『V』、プティ・ヴェルドというボルドーではほんの数%混ぜる程度の補助品種をメインに使ったという超レアなワイン。世界にも例がないと思う。最近のビンテージ(2003年)では半分以上プティ・ヴェルドを使ったと記載されている。不思議だなあ~~

ディープなボルドースタイルのワインで、1999年というともう9年の熟成。『V』はなんとも素晴らしい熟成を遂げてきました! 深い森の奥にいるかのような香り、そして昨夜のパルメイヤーに比べるともっと果実が熟してむれた感じの人を魅き込むような強さを持ったワイン。人によってはニューワールドっぽいと言うかもしれない。でもワインの権威で彼が点数を付けることでワインの売上が変わると言われるロバート・パーカーさんがこういった豊潤で熟成感の強いワインが好みな事などから、最近のボルドーの若いワインもみなこんな感じに造ってきてたりする。ちょっと世界が画一的になっているようで嫌だけど、ともかくこの手の味わいがいま世界的に評価されている事は事実。今夜は甘みを抑えて野菜の旨味を表に出したビーフシチューとフランスパンでこのワインを飲んだ。昨夜のパルメイヤーとは押し出し感が少し違うけど、甲乙付け難い素晴らしいワイン。

ちなみにヴィアデアのワインは昔から大好きで、いまもかなりストックを持っている。最近は中々入ってこないようだから、大事に飲まないと! そしてデリア・ヴィアデアさんには見習うべき所がいろいろある。アルゼンチンから一人で出来てきてからの生き抜く強さ、そしてこのプティ・ヴェルドをメインにしたワインの他にもスペイン名産のぶどう「テンプラニーリョ」を使ったワインをナパで造るなど、既成概念にとらわれない独創性とそれを貫く強さは賞賛に値する活躍。ワイン造り一つとっても人の生きざまは解るもんだね。経営者稼業の僕にとっては日々これ勉強です。

今夜は今の僕のストックの中で一番のお気に入りのワイン、ナパの知る人ぞ知る銘酒、パルメイヤーのメリタージュの赤ワイン(Pahlmeyer Proprietary Red Napa 1998)を飲んだ。カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロー、プティ・ヴェルド、マルベックをうまくブレンドして造っている。このワイナリーの白ワインは1994年の”逆セクハラ”をテーマにしたマイケル・ダグラスデミー・ムーア共演の映画『ディスクロージャー』でここぞという場面の証拠で使われて有名になった。

僕はその昔、2001~2002年まで、副業として友人たちとカリフォルニアキュイジーヌのレストランを経営していた事があるんだけど、その時にも我がレストランの一押しのワインだった。パルメイヤーさんは元々は弁護士。ワインにハマってその世界に入ったんじゃないかと思う。今やかなり入手難の逸材。

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それも90年代となるといま楽天を見てみたけど、もうほとんどない。かろうじてメルローが少しあるみたい。僕はこのワインを死ぬほど寵愛してるもんだから、ある時期にまとめて購入した。1998年はあと13本。たぶんこれは国内在庫すべてかな!? これまでに知人のソムリエや友人に分けてあげたりしたけど、もう残りは長期熟成! といいつつ、今夜は飲んじゃった...

PAHLMEYER RED  1995 3本
PAHLMEYER RED  1996 2本
PAHLMEYER RED  1998 13本
PAHLMEYER RED  1999 11本
PAHLMEYER RED  2000 5本
PAHLMEYER RE  2001 5本
PAHLMEYER MERLOT    1996 1本
PAHLMEYER MERLOT    2000 1本


深い森の奥で草木の下生えの香り、軽いハーブの香りをかいで、その森の中で長期熟成した奥行きのあるワインを飲んでいるって感じ。たぶんブラインドテイスティングしたらボルドーの大物と区別がつかないんじゃないかと思う。若い頃は樽香がやや強くカリフォルニアっぽいバニラフレーバーがあったんだけど、10年の時を経て素晴らしいワインに仕上がった。1976年、そして30年後の2006年と、フランス vs. カリフォルニアのワインのブライドテイスティングでそれぞれカリフォルニアが勝ったんだけど、まさにその場に出したかったワイン。

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コルクも写真じゃ解らないかもしれないけど、結晶の付き具合など、もうそれだけでディープな味わいを期待させる。1999年までは名手ヘレン・ターリー女史がワインメーカーとして陣頭指揮。2000年からはヘレンの助手だったエリン・グリーンが担当していると思われる。ワインメーカーが交代した際にラベルも代り、今は真っ白なビックリするようなシンプルなもの。中身だけを見て下さい、と言わんばかりのラベルに代わった。

ワインも人も、熟成した成果で年相応の深い味わいが出るようになりたい、そんな風に歳をとっていけたらと思って過ごしている僕です。僕の経営する会社で昨年4月、子会社の社長に送り出した人物がいるんだけど、その人の壮行会でこのワインを渡し、健闘を祈りました。僕にとっては自分でレストランをやっていた時代からの本当に想い入れの深いワインです。永遠にこのワインを飲み続けたい、そう思わせるすごさがある。そして何より最近感じるのは、カリフォルニアの地でもいい物は10年寝かせて熟成させると本国フランスを追い越すようなワインが出来上がるって事。素晴らしい! どうやって”いい歳”をとるか、これが最近気になるテーマだなあ~


映画『ディスクロージャー

歴史の重み

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お正月休みにたくさんの歴史書を読んだ。その1つがこの本「F.ベアト写真集〈1〉幕末日本の風景と人びと」(明石書店刊)。日本がまだチョンマゲを結って刀をぶる下げていたこの時代に、写真家として日本に来日し、数々の歴史的瞬間を記録している。まだ日本にはもちろん写真なんてなかった時代。

beato.jpgベアトはヴェネチア生まれのイギリス人。1854~1856年のクリミア戦争を従軍カメラマンとして取材し貴重な写真を残して頭角を現した。そもそも今から150年以上も前の時代にそんな戦争に記録を写真で残していたって事がもうビックリだよね!

そして1861年頃、日本へ来たらしい。日本は黒船が到来して開国・討幕へ向け時代が大きく動いていた時代。長州藩が無謀にも下関海峡で英国艦隊などと戦ってボコボコにされた下関戦争の状況もベアトは写真に残している。このベアトが下関戦争など含め、日本で過ごした幕末の状況をたくさん写真に残しており、これを横浜開港資料館が刊行したのがこの写真集。詳細な歴史的な解説が付いている。解説自体もその時代に書かれたものをそのまま記載しており、それを横浜開港資料館側で加筆・訂正等している。続編の第2巻も買った。

しかしこれを読むと人生観が変わる。150年前と今、時代は大きく違う。当時は電気もガスも電話もコンピュータもない。今は何でも便利に揃っている。でも、人のやる事ってそれほど変わってない事がよく解る。当時だっていろいろ政治は考えながらやっているし、勉学もある。道路はもう舗装路という概念が出てきていてベアトの写真にも舗装された道がいくつも写っている。事業を立上げようという人もたくさんいて、海外にアクションしようとしてる人もたくさんいた。ここ数年、幕末の改革記を読む事が多い。坂本竜馬の活動もトレースしてみたりした。何かさ、こういう歴史の変革期を見ていると、僕らの日々の仕事の中での戦いなんてちっぽけなもんだな~とつくづく思う。もっと大きな視点で人生を考えていかないとならないんだろうな~

いつの時代も時代を変える人ってすごいパワーを持っている。僕もそういう人に少しでも近付けるよう、自分自身を鍛えていきたい。歴史書は、ついつい日々の生活の中でちっちゃな人間になりがちな自分の気持ちを奮い立たせてくれる。

ちなみに来年、2009年は横浜開港150周年だそうだ。1859年、安政の五カ国条約に基づいて開港したらしい。歴史の重みってすごい。一度この資料館に行ってみようと思う。


「F.ベアト写真集〈1〉幕末日本の風景と人びと」

横浜開港資料館

食前酒『コナンドラム』に続いて開けた昨夜のワインはオレゴンの星、ドメーヌ・ドルーアンのトップキュベ、ロレーヌ(Domaine Drouhin Laurene 2000)。

20080112-w1.jpgいま米国オレゴン州はブルゴーニュに対向するピノ・ノワールを使ったワイン造りが盛ん。そのトップを走るのがこのドルーアン。フランスはブルゴーニュのトップブランドで、1880年から続いている名門ジョセフ・ドルーアン。この4世代目当主がロベール・ドルーアンが愛娘、ヴェロニク・ドルーアンを送り込んで立上げたのがこのオレゴンのドメーヌ・ドルーアン・オレゴン。そしてそのヴェロニクが一番いい出来のワインに名付けたのは自分の愛娘の名前、ロレーヌ。つまりはブルゴーニュのロベールからすれば孫娘の名前。

このトップキュベ、素晴らしく美味しい。昨年の大晦日もこのワインで1年を締めくくった。ブルゴーニュで言えばヴォーヌ・ロマネ地区のワインが味わいとしては一番近いかな。熟したぶどうの感性はこのオレゴンのドルーアンの方が強い。鉄分や表現は悪いけど血のような香り、獣の香りなどを裏側に隠し持ちながら、かつ果実が熟した豊潤な誘惑香もする、ほんとうに素晴らしいワイン。昨年木箱で1ケース、調達した。僕が仕事する業界の尊敬する大先輩のある社長さん、元々はガッツリとしたカベルネ系がお好みなんだけど、ある時レストランでこのドルーアン/ロレーヌの1994年を飲んだ途端、ピノに目覚めたようで、ほんと、オレゴンのトップクラスのワインには人を感動させる力がある。1994年に天皇陛下が訪米した際、ホワイトハウスでクリントン大統領が天皇陛下に献上したワインがこのオレゴンのドルーアンらしい。

ただし昨夜飲んだワインは、開けた際にコルクの上面(キャップシール側)が妙に黒ずんでおり、コルクの状態があまりよくない嫌な予感がしてた。飲んだ感じとしては、コルクによる偏見、先入観もあるかもしれないけど、大晦日に感動した熟したふくよかさが薄いような気がした。1月5日にブログにも書いたサンタバーバラのスーパーなピノ・ワイン、ヒッチングポストを飲んだせいもあり、そっちに引っ張られてるのかもしれないけど、昨夜の状態はヒッチングポストに負けてたかな。大晦日は完璧だったんだけど。ま、その時の体調や気分、合わせる食べ物にもよるしね。昨夜はトマトのスープに鶏肉のオリーブオイル焼き。本当はイタリア系か南仏物の方がよく合ったかもね。でも美味しいワンを飲むと幸せな気分になる。

このオレゴンのドルーアン、お父さんであるロベールがある時思い立ってプロジェクトをスタートさせた。ワインってさ、専門用語でテロワールって言うんだけど、その土地の土壌や気候などにより味が形成される。素晴らしいワインが出来たといって、その隣の畑を買い増してぶどうの樹を植えても中々同じワインは出来ない。超高価(100万円以上)のワインとして有名なロマネ・コンティは超狭い畑なんだけど、その周辺の畑のワインはもちろん美味しいけどロマネ・コンティにはどうやっても追いつけない。ワイン造りは不思議だね。で、ロベール・ドルーアンは自分のワイン造りをもっともっと事業として広げたかったんだけど、そもそもブルゴーニュという地域自体、地図で見るとわかるけどとっても狭い小さな地域。既にぶどう栽培に向いた土地はすべて開拓されていてそう簡単には新しい土地は手に入らない。そこで思い付いたのが、世界中を調査してブルゴーニュと同じような土壌と気候の土地を探す事。1960年代からオレゴンに目をつけて調査を続け、ついに1988年、オレゴンに土地を入手しワイナリー設立にこぎつけた。そしてカリフォルニアでワイン造りを勉強した娘のヴェロニクを送りこんで立上げた。

仕事をしていると、数々の障壁にぶつかる。例えば社員の数ってそんなに簡単に劇的に増やすことって出来ない。そうすると今ある戦力で出来るビジネスはこれだけって簡単に諦めてしまいがち。でもロベール・ドルーアンなら、東京で人の採用が難しいなら地方や後進国に事業所を立上げてでも人を確保して事業を広げよう、って思うんだろうね。すごいバイタリティーのある人だと思う。事業を営む僕としてはとっても尊敬します。

20080112-w2.jpgPS. このドルーアン、とっても繊細なワインです。ジャバっとデキャンタージュとかしないこと! パニエに入れて静かに大ぶりのグラスに注ぎ、ゆっくりとお飲み下さい。

ドメーヌ・ドルーアン・オレゴン

(輸入元による公式サイト)

昨夜は食前酒で困った~~ 普段、僕の食前酒はシェリー。実は僕はワイン同様、シェリー狂でもあり、自宅にはマンサニージャなどの辛口の食前酒系からまったりした食後酒系のアモンティリャードや甘いオロロソなど、様々なシェリーをストックしてる。ワインでいうソムリエのような資格がシェリーにもあり(ベネンシアドールと言います)、昨年は最終50人選考まで残ったんだけどね。ま、詳しいシェリー狂の話はまた次の機会にね。

そんなシェリー好きの僕ですが、実はお正月休み中にドライなものは全部飲み干してしまった。うっかり在庫補充を忘れた~ 慌てて休み明けに手配したけどまだ手元に来ない。ふう~ で、昨夜の食前酒はマジカルな白ワインとして知る人ぞ知るコナンドラム(Conundrum 2004)にした。

20080112-w3.jpg連休なので3日間、食前酒として一杯ずつ飲む予定。このワインは日持ちがよく、数日なら実に美味しく飲める。

さて、このワインの名前のConundrumって英語で「謎」という意味。何が謎かって、その製法にある。赤ワインの場合、ボルドーとかではメインのぶどうの他に数種類のぶどうの種類を混ぜ合わせ、味を整えたりする。でも白ではそういう事は普通はしない。でもこのワインはその常識を打ち破った。何とこの白ワインには5種類ものぶどうが使われている。シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ヴィオニエ、セミヨン、マスカットの5つ。それぞれのぶどうの品種を使った白ワインは星の数ほどあれど、これを混ぜちゃったワインはこのコナンドラムしかない。

カリフォルニア・ナパにケイマスっていう超カルトで素晴らしいワイナリーがあるんだけど、コナンドラムは元々はそのケイマスで作ってた。ケイマスの白ワインの醸造責任者である Mr. Jon Bolta が担当。2002年からどうやらブランドをケイマスとは別けたらしい。いまもジョン・ボルタが作っていると思われる。青リンゴや洋ナシといったソーヴィニヨン・ブランの特徴が前面に出てるけど、そこにヴィオニエやセミヨンを入れたことで少しトロピカルな香りとスパイシーな香りを演出してる。本来僕はこのコナンドラム、食前酒というより食後酒として洋ナシ(ラ・フランス)などをつまんで飲むんだけど、家中をさがしたけどシェリーがなく、やむなくの登場。おまけに在庫が最後の1本。普段、在庫が1本になったワインは補充をするまで開けないようにしてるんだけど、待てなかった~

コナンドラム、5つのぶどう品種のマリアージュ。会社を経営する僕にとって、組織とか人の組合わせとか人事って、一番頭を悩ます事。5つの強い個性を持つぶどうをうまく組合わせて1+1+1+1+1=5じゃなく8とか10とかに仕上げているジョン・ボルタの技量・腕前には感服です。ぶどうも人間も個性があればあるほど面白い。でもその面白さが無秩序になっちゃ意味がなく、個性を活かしながらどう連携パワーを創るか、これが難しいんだよね~ と、Conundrum「謎」を胃袋と脳ミソで解析しながら仕事の事を思ったりする僕でした。ビジネス界のジョン・ボルタにならないと・・・・

昨夜は事業を営む僕を永年に渡り指導して下さっている大切な方と会食をしてワインを飲んだ。場所は友人の若手ソムリエ、大山さんが昨年11月に立上げたばかりのレストラン「アバスク」。フレンチ系ではあるけど、フランスとスペインの国境沿いにあるバスク地方の料理をメインにした個性的なレストラン。大山さん含め、スタッフはみなフレンチの名門、「ミュージアム1999 ロアラブッシュ」出身の若手。

20080109-w1.jpg飲んだワインはChateau Latour a Pomerol (ラトゥール・ア・ポムロール)の1997年。バスク料理ってわりと内蔵系を扱うんだけど、ここアバスクの料理はホルモン臭さがなく柔らかい感じの香り豊かな自然の力を感じさせる料理。ビゴール豚っていう、国境を超えてスペイン側に入るとイベリコ豚と言われる系統の豚の生ハム、そしてその豚の骨を煮込んだ日本で言うところの豚骨系スープ、仔羊胸腺肉を使ったバスク風トリップ(ハチノス)のトマト煮込み、魚介のパエリア、牛のステーキというメニューをセレクトし、それに合せてこのボルドー・ポムロール地区の秀作のワインを開けた。

料理が穏やかで柔らかい味付けゆえ、カベルネソービニオンを使った強いワインだと料理の旨味を壊す怖れがあったので、柔らかみを持ったこのワインにした。森の下生えのような香りや香草の香りなどを裏に持ちながらどこまでも柔らかく、そして果実味も十分にあって料理とベストマッチ。重過ぎず、でも余韻も長い素晴らしいワイン。ペトリュウスで有名なムエックスグループが作っているワイン。

昨夜はこの素敵なワインとアバスク・和田料理長の素敵な料理を食べながら、尊敬する業界の大先輩からいろいろアドバイスをいただいた。自分より経験、知識、ノウハウのある方とこうやって時間を共有する事は自分の大きな肥やしとなる。そしてその場を飾ったこのワインも僕に明日へのエネルギーを与えてくれる。素敵な夜だった。そして忙しいなか時間を作ってくれた恩師に感謝です!


渋谷の素敵なフレンチレストラン
「アバスク」

昨日の朝日新聞で超勉強した! 我々が気軽に使っている病原菌やウイルスって単語、実は中身はまったく違うものらしい。細菌は生き物、ウイルスはかなり生き物からは遠い。細菌は脳味噌はない単細胞だけど一応生きていて、外から栄養を取り込んで活動している。生きているからこそ、抗生物質が効く。風邪を引いて医者から抗生物質をもらって治るのは戦う相手が生き物だから。

それに対してウイルスはDNAとかの遺伝物質がたんぱく質の殻をかぶっただけで主体的に行動する事は出来ない物資なんだって! 限りなく”物”に近いんだけど、唯一”物”と違うのは、増殖する事。でも細菌と違って自分で増殖する事は出来ず、人間の特定の細胞に入り込んでコピーを作らせる。相手が生き物ではないから殺す薬はないらしい。タミフルもウイルスを殺す薬じゃなく、人間の細胞に入り込んで増殖したウイルスが細胞から外に飛び出すのをじゃまする薬だそうだ。
う~ん、ウイルスってすごいね~ よく血液製剤の肝炎の事件や裁判が話題になってるけどさ、何で薬で肝炎が治らないのか、ずっと疑問だった。相手が生き物じゃないから殺す事は出来ないんだね。増殖をブロックするような方法しかない。「ウイルスと人類の戦いに、おそらく終わりはない。」という言葉で新聞は締めくくってた。う~ん、勉強した!

そういやビジネスでも相手によって攻め方って違うよね~~ 力づくで戦うべき相手(抗生物質型)、戦っても徒労に終るから協業するとか避けるとか別の事を考えなければいけない相手(ウイルスや共存型治療をするガン型)とか、いろいろあるよね。人とのコミュニケーションもいっしょだね。相手のキャラによって伝え方も変えないと伝えたい事が伝わらない。細菌とウイルスの違いと同様、ビジネスでも相手によって対処方法が違うね。! でもインフルエンザウイルスや肝炎のウイルスは誰か何とかしてくれないかな~~ 理論上殺せないと解っていても何とかして欲しい、節にそう思うのです。