1995年のシャトー・リゴーと僕とワインセラー
土曜の夜のメインのワインはこれ、ピュスガン・サンテミリオンのワイン『シャトー・リゴー』。
長女が産まれた年、1995年。初めて36本入るワインセラーを買ったのもその頃。子供の生まれた年のワインをストックし、毎年誕生日が来るごとに1本ずつ開けようと思い、数年後、1995年のワインが出回り始めたのを見て買い込んだ。でもその頃は、ボルドーとか、ブルゴーニュという地名程度の知識しかなく、シャトーのグレードとかそんなことはあまり細かくは知らなかった。
酒屋で手ごろな値段のボルドーワインをいろいろ買ってストックした。後年、シャトー・パヴィとかシャトー・ランシュバージュ、シャトー・グロリアなど、1995年のストックに相応しいワインも増やしたけど、でもまだ我が家のセラーにはその当時に買い付けた格付け無しの1995年のワインが何本かある。
それからワインに大きくハマること10数年。格付けワインじゃないボルドーワインが時を経てどう熟成するか、どう変化するかは興味深い。今夜は子供の誕生日でも何でもないけど、1995年のシャトー・リゴーを開けてみた。
かなり枯れた味わいだ。もしかすると微妙にピークを過ぎているのかもしれない。とても強く深い樽香、しっかりとしたタンニンの渋味、誰がどう飲んでも間違いなくボルドーと言うであろう、トラディショナルなボルドーの造り。何度か書いているように、最近のボルドーは評論家を意識してオーパスワンのような濃さを目指して造ってきているところも多いんだけど、このシャトー・リゴーはまさに伝統的なボルドースタイル。
本当の名門ワインで、かつ保存状態がよければ、13年でこの枯れ具合にはならないかもしれないけど、でも深い森の奥、洞窟の中とかに入ったような静けさと時間が止っているかのような空気感など、とても素晴らしい。
知識のない頃に買い集めた格付けなしの1995年、1997年(次女の誕生年)のワインを飲んでしまうか保存を続けるかを判断するために1本サンプリングで開けてみたんだけど、それなりの熟成は間違いなくしており、かつあの頃のレガシーな造りは今では捨て難く、当面は保存しようと思う。
そしてあの頃初めて購入したフォルスターの36本入りワインセラーは、いま、僕の手元を離れ、僕の経営する会社の次世代の経営を担ってくれるであろう若者の家にある。いま、どんなワインがあのセラーに入ってるのかわからないけど、そこに入ってるワインが熟成する頃、きっと彼も円熟した経営者になって僕の会社を引き継いでくれるに違いない。
心とワインでつなぐ伝統とビジネス。シャトー・リゴーを飲みながらそんな事を想った夜。そして1995年に生まれた長女は中学一年になった。僕も歳をとるし、子供は大きくなるし、成長を続けるし、そしてワインは熟成を続ける。
そしてワインは開けるたびに、その時代に自分が何をしていたかを想い出させてくれる。僕の1990年代前半は、仕事はどん底だった。1995年、先が見えるかどうか、ほんのチラッと先が見えたかもしれないと想い出した頃。そんな1995年。
そしてその頃、僕はジャズに狂っていた。特にビル・エバンスのレアな音源、海賊版とかの蒐集では相当なものだったと自負している。
そんな時代があって今の自分がある。いろいろな事を思い起こす夜。こういうのもワインの楽しみ。
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