僕にはポルトガルの血が流れてる・・・

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昨年の秋、じいちゃんの弟が亡くなった。98才。90才を超えてから再婚してた。葬儀で初めて聞いたんだけど、明治時代のおっちゃんのパワーにはビックリ! でもその葬儀の日からもっとビックリすることが続々と・・・

僕のじいちゃんは長男。今回亡くなった弟が98才という事でもわかるように、じいちゃん含めもうほとんど兄弟は生き残ってない。で、前々から親族の間では、我が一族には江戸末期にポルトガルの血が入ったって噂があったんだけど、どうやらこれが本当っぽいんだよね~・・・

じいちゃんの弟が死ぬ間際、「自分にはポルトガルの血が1/8入っている!」って言ったそうだ。慌てていま、いろいろ調べてる。現時点では、幕末の頃、ポルトガル人の宣教師と日本人の女の人がいっしょになったのが我が一族の起点って説が有望。怪しい部分もいろいろあるけどね。で、じいちゃんが1/8の血ってことは、じいちゃんのじいちゃんがポルトガル人と日本人のハーフだった、ってことになる。そしてじいちゃんを1/8とすると孫である僕はなんとも1/64。でもそう言われてみるとじいちゃんの兄弟やその直接の子供に鍵鼻でどうみても欧州人って顔の人が何人もいた。それなりに確度の高い話かもね。

almeida.jpg気になって仕方ないのでお正月に「南蛮医アルメイダ ~戦国日本を生きぬいたポルトガル人~」(柏書房刊)って本を読んだ。1550年代、なんと今から450年以上も前の日本にポルトガル人はやってきた。第1陣のフランシスコ・ザビエルは信長に面会してワイン(たぶん今で言うポート酒)を献上して一杯やったらしい。これが「日本で一番最初にワインを飲んだ人は信長!」と歴史クイズで言われる由縁。その直後に第2陣としてアルメイダは来日した。

このアルメイダは450年も前の時代に、当時の戦乱の世の中で大分県辺りを支配していた大名・大友宗麟の信頼を得て、大分県内に日本で最初の病院を造った。これはすごい事です! 部屋(入院病棟)は内科、外科、癩病(今のハンセン氏病)の3つに別れ、外科では銃弾に倒れた患者の外科手術も行われていたらしい。日本での外科的手術はこれが初めてと思われる。その後の秀吉のキリシタン禁止令でかなり活動は停滞したようだけど、450年も前の時代に南は鹿児島から西は京都まで精力的に動き回って活動したすごいポルトガル人がいたことに感動するばかり・・・ ぜひこの本、皆さんにも機会があったら読んでみて欲しいな~ 450年を経ても人間の欲望や行動に変わりはない事がよく解る。そして電話やインターネットといった通信手段がないにもかかわらず、かなり詳細な情報のやり取りが書簡で日本とポルトガルの間で交わされているのが超不思議。船だってしょっちゅう難破してた時代だからね。

で、この450年前のポルトガル人が我が一族の先祖なのかどうか、それが気になるところなんだけど、よくわからない。つ~か、まったくもってトレースのしようがないかな・・・ ま、そのうち歳取ったら時代考証の調査でもやろうっと! いずれにせよ、先日も「歴史の重み」としてブログに書いたけど、僕たちの日々の活動に比べれば何万倍も密度の濃い命がけの時代を生きた人たちがいたってこと、これは感動するよね~~ 人生観が変わる。


南蛮医アルメイダ ~戦国日本を生きぬいたポルトガル人~」(柏書房刊)

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This page contains a single entry by Keiichiro Katayama published on 2008年1月15日 01:01.

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